風と鳥 - 高橋伸夫 |
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親が教えなくとも赤ん坊は伝い立ちで立ち上がることを覚え、2本の足で歩き始める。始めはぎこちなく両手をひろげ、体を左右に振りながらヨチヨチと、数歩歩いては倒れ、また立ち上がって歩く。やがて左右の足幅が狭くなり、直線的な足運びになって人間の歩きが完成する。足のひらや足指の先まで、全ての関節や筋肉を上手に使ってバランスがとれるようになり、やがて走ったり跳んだりできる筋肉が育つ。 空中を飛ぶ鳥の場合はどうだろう。綿玉のような生まれたてのオシドリの雛が十数メートルの高さから飛び降りることは例外としても、大抵の小鳥は八分通り羽根が伸びると巣穴や枝から空間へ向かっていきなり飛び出すものが多い。闇雲に翼を振って思いついた方角へ向かって一直線に飛ぶのがやっとである。重力に逆らいながら、体が地面にぶつからないように、ただそれだけの飛行である。ワシやツル、ハクチョウ、アホウドリなど体が重く大きな鳥には、いきなりそんな危険は犯せない。巣立ちや初飛行が近くなると羽ばたいたり、風が吹くのを待って風をつかむ練習をする。
どんな鳥でも始めから上手には飛べない。飛び出してしまえば何とか失速しないで空中を移動できる能力は与えられているが、スビードのコントロールを覚えるまでには少し練習が必要で、飛翔力のあるハトなどの初飛行は急降下・急上昇のアクロバット飛行である。なかでも着地(着枝?)は難しく、追い風で着地しようとしてスピートが抑えられず、前につんのめったり転んだりすることが多い。大型のワシなどでは枝に突っ込んで、翼や体を引っかけて身動きできずに命を落とすものもいると聞く。 雛の飛行技術はあっと言う間に上達して、大空を自由自在に飛び回るようになるが、その基本は風に向かって飛び立ち、風に向かって降りること。飛びながら気流の安定や乱れを経験するうちに、鳥には翼で風を見る能力が身についていく。やがて大変な長い渡りのときに台風や嵐で命を落とすことのないよう、空を見て、風を見て、大空での生活に適応しているようである。経験を積んだ鳥ならば空をひと飛びすれば(我々人間が裸足で歩けば、そこがアスファルトか芝生か砂利道であるかが解るように)この先天気がどうなるかまでわかることと思われる。
名古屋空港で、飛行機が北に向かって離陸・着陸するときは天気が良く、南の時は雨である。また飛行機に乗ったことのある人なら経験することだが、天気の良い所では全く揺れない飛行機も、気流が乱れ、雲の柱があるところでは大きく揺れる。巡航高度1万メートルの成層圏よりも、低いところでよく揺れる。あの巨人なジャンボジェットの機体でさえガタガタと揺らす大気の乱れを、鳥たちはその翼でどのように感じ取り、どんな思いで飛んでいることだろう。 物心ついた時から鳥に接してきた私だが、40代半ばになって初めて空へ飛び出した。私は飛行機が大好きだ。空を飛べると思っただけで、まるで子供のようにワクワクして止まらない。飛行機に乗ったときだけは飛んでいる鳥の気持ちになれるから。できることならジェット機でなく、自分の背中に翼を付けて、羽ばたきながら空を飛んでみたいものだ。 contents | ||