春の渡りについて - 高橋伸夫


 水辺の鳥では、3月に入ると越冬していたカモやカモメがそれぞれの場所に集まって渡りの準備をはじめる。中旬になればコチドリやバンが帰って来るし、ツルシギが姿を見せるのもこの時期である。コチドリやバンはこの近くでも越冬しているが、その数は確実に多くなる。少し遅れてホウロクシギがやって来る。東南アジアかオーストラリアなのか越冬地はわからないが、他のシギとは少し外れてやって来る。桜が満開を過ぎる4月半ばまでにはオオソリハシシギが干潟に現れ、本格的な春の渡りが始まる。



 陸の鳥で最も早いのはイワツバメ。3月中旬にはツバメが帰って来るし、下旬になればサシバの姿をみかけることもある。しかし4月の初旬までは、国内で越冬する鳥の姿ばかりが目立ってしまう。本格的な渡りの季節を感じるのはセンダイムシクイが囀る4月の半ばからである。ヤブサメや夏羽のノビタキもこの時期である。やがてオオルリ、キビタキ、エゾムシクイなどが続いてやって来る。春の渡りで最も遅いのはメボソムシクイの北方亜種コメボソムシクイであろう。昨年は6月7日に猿投山で声が聞かれている。

 渡りの目的は、餌の少なくなる繁殖地の冬を避け、餌の多い場所へ移動することである。できるだけ早く繁殖地へ戻り、テリトリーを確保することが渡りをする生き物の最も重要な作業なのである。人間に最も近い場所で繁殖するツバメでさえ、営巣の場所を争う。すでに繁殖をはじめた巣の雛を排除して自分の営巣場所と繁殖相手を確保する、いわゆる「子殺し行動」を紹介するまでもなく、自然界で条件の良い繁殖場所や繁殖相手を確保することは容易なことではない。動物の力関係は多くの場合、勢いの強さで決まる。一歩でも早く繁殖地に到着して縄張りの既得権を誇示し続けることが繁殖の成否を決定する重要な要素なのである。春の渡りでは大抵、繁殖経験のある成鳥が先に渡りを始める。渡りの時も雌雄一緒に行動できる鳥は少ない。自分が移動することで精一杯なのである。小鳥の中には雄が先に繁殖地へ戻り、縄張りを確保することが知られているものもある。雪の原野へ戻ったシギが、雪解けで出てくる冷凍の昆虫を食べていることを聞けば、営巣場所の確保が命を賭けるほど大切であることがわかる。繁前期の始めの囀りやディスプレイフライトには、彼らの強い気迫が込められているのである。

 この季節、私は天気図と気象衛星「ひまわり」の写真を見るのが楽しみである。渡り鳥は高気圧の真ん中から西、穏やかな春霞の中で飛び立ち、暖かく湿った南風に乗ってやって来る。高気圧が本州の南を通過した朝には、海辺も公園も豊作に違いない。本州の真ん中や北を通過した後には、見られるはずの鳥が消えていてもしかたがない。春の渡りは忙しいのだ。

 渡り鳥を運ぶ南風も、後に控えているのは雨である。移動の早い高気圧で海に飛び出せば、春の嵐が待ち受けることになる。いつでも鳥は命懸けである。





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