鳥の分布の変化について - 高橋伸夫 |
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生物の分布はアメーバのように、常に変化しているものであるという。当会のシンボルであるケリが、この地方で少なくとも1950年代までは決して数の多い鳥ではなかったことが、西尾市で「野鳥(のどり)先生」として有名だった鈴木豊先生の記録から推測できる。当時の書物によれば、ケリは東北地方などで極地的に分布すると書かれていたように記憶する。ケリの分布変化の時期は、農地や農業技術が大きく変化した時と一致するようである。一時は幻の鳥とまで言われたカワセミ。清流の番人は、その盛衰で農薬の恐ろしさを身をもって証明した。十数年前まで、その姿は闇苅渓谷や猿投山でしか見られないと思われていたサンコウチョウが、今では条件さえ揃えば、どこの山でも見られる鳥である。単に我々が知らなかっただけでなく、天災(台風)や林業の変遷による植物の状態が、この鳥の分布に影響しているようである。ちなみに鈴木先生の記録には、西尾市平野部の神社に於ける繁殖が記されている。冬鳥の中で近年最も顕著な分布の拡がりをみせたのは、その昔、スインホーガラと呼ばれていたツリスガラである。九州に少数渡来していたが、1985年、愛知県で初めて見つかる数年前から東へ分布を拡げ、今は関東でも冬の芦原で見られる鳥になった。皮肉にも日本の芦原面積は激減しており、分布拡大の原因が繁殖地の方にあることは間違い無いだろう。オジロトウネンは毎年少数越冬しているが、鈴木先生の勤務地であった一色町でも当時の越冬は記されていない。養鰻場の温水が毎年の越冬を可能にしているのかもしれない。かつては段戸裏谷周辺でも、亜高山帯以上で繁殖する鳥が今より沢山繁殖していた。これらが姿を消した最大の理由は、自然林の伐採など、直接的な環境破壊であろう。それと共に、気候の温暖化や外敵の増加なども少なからず影響していると思われる。 ![]() 先日、北部アラスカのハマシギについて、当地研究者の講演を聴く機会があった。標識調査から、アラスカ北部で繁殖する亜種はアジアで、ベーリング海峡に面したアラスカ西部で繁殖する亜種はアメリカ大陸で越冬しているという。北部アラスカでは、オオソリハシシギなども少数繁殖しているようである。北シベリア東部ではハクガンをはじめ、南北アメリカ大陸で越冬する沢山の種類の鳥が繁殖することも知られている。このベーリング海峡で交差するニつの大きな渡りのコースが意味するものとして容易に考えられるのは、氷河の北上である。私が知る半世紀足らずの間でも、積雪量は確実に減少している。 北アラスカでは、地表が表れる6月と7月がハマシギの滞在期間である。二ヶ月間とは、シギが卵から渡りができるまでに育つ最低限の期間であろう。ある図鑑によると、シベリア東部ではアメリカヒドリとヒドリガモが普通に交雑していると記されている。コガモなど、新旧大陸間の亜種も同様であろうか。 分布の変遷は、亜種や種を分割したり融合させたりしながら、複雑な色や模様を創造してきたのかもしれない。人間も自然の一部であるはず。現在の自然は地球全体にはびこった人間の影響を最も受ける時代と言ってよいだろう。願わくば人間の影響で絶える種が、できる限り少なくあって欲しいもの。現在の爆発的な破壊行為が止んだ時、再び正常な分布を取り戻して欲しいものである。 contents | ||